なぜ「さつまいもブーム」が起きているのか

実は今、「さつまいも」がブームになっているのをご存じか。

なぜ「さつまいもブーム」が起きているのか 背景に“エリートの皮算用” (msn.com)

【ITmedia ビジネスオンライン(2023/3/22記事)窪田順生氏執筆】

街には焼き芋や大学イモの専門店が増えており、おしゃれなカフェでもさつまいもを用いたスイーツが登場している、と以下の記事でも紹介されている。

 『実は「4次焼き芋ブーム」真っただ中、「罪悪感すくないスイーツ」強力なライバル見当たらず』(読売新聞オンライン 2022年12月15日)

 そこで気になるのが、なぜこのタイミングでさつまいもの人気が高まっているのか。専門家によれば「安納芋やべにはるかとかの品種が増えて、そのおいしさが見直されているから」ということらしいのだが、個人的にはもうひとつ、ブームの後押しをしている要素があると思っている。

 それは「食糧危機」だ。

先日、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、食料安全保障推進財団理事長である鈴木宣弘氏のこんな“予言”が注目を集めた。

 『もうすぐ三食イモに、ゴルフ場をイモ畑に…国民は知らない「世界で最初に餓えるのは日本」という真実』

 ご存じの方も多いだろうが、日本の一次エネルギー自給率は12.1%(19年度)でOECD(経済協力開発機構)加盟の36カ国中35位。しかも、カロリーベースの食料自給率は37%(20年度)でこれまた諸外国と比べてかなり低い。穀物自給率でみても28%(18年度)で、172の国・地域中128番目。また、OECD加盟38カ国中、32番目と目もあてられない有様だ。

●飢える人を少しでも減らす

 という話をすると、「今はグローバルサプライチェーンで世界のモノとカネはすべてつながっているのを知らないのか」と国際派知識人が難癖をつけるが、日本は四方を海に囲まれているので、シーレーン(有事に際して確保すべき海上交通路のこと)が分断されるとそういうお花畑的な世界はガラガラと崩壊する。そのあたりの片鱗をわれわれはウクライナの戦争で思い知ったはずだ。

 ただ、残念ながら日本人は歴史的にそういう「ちょっと先に起きそうな悪い話」から頑なに目を背けるという癖がある。太平洋戦争の開戦前、軍部や政府が何度シミュレーションをしても「日本必敗」という結果が出たが、「そんなもんやってみなくちゃか分からねえだろ!」の精神論に押し切られた。

 三陸沖に巨大津波が押し寄せることも歴史の教訓で分かっていたが、「まあどうにかなんじゃない?」と波打ち際に原発を建てた。深刻な少子高齢化に陥ることも半世紀前には試算して分かっていたが、「10万円くらいバラまけば産むだろ」という感じで、北欧のような子ども政策の充実や、教育費無償化などに着手してこなかった。

 そういう国民性を踏まえると、日本の食料自給率が今後も改善される見込みは少ない。「ヤバいよ、飢えちゃうよ」とうろたえながらも、特に対策を練ることもなく、国内の農業や漁業は衰退の一途をたどっていく。

 そんなときに台湾有事のような国際紛争が起きて、シーレーン(有事に際して確保すべき海上交通路のこと)が分断されようものなら、輸入食品に依存するこの国はあっという間に「飢えるニッポン」になる。

 そこに10年以内に発生する確率が30%だという南海トラフ巨大地震が重なれば最悪だ。食糧がないところで大量の被災者が出れば、多くの人が飢えに苦しむ恐れもある。

 そんな深刻な「食糧危機」のダメージを少しでも軽減しようと、日本政府はもちろん、さまざまな業界、さまざまな組織が水面下で動いている。

 つまり、もはや日本の食料自給率が劇的に回復することはないので、食糧不足に陥ることは避けられないとして、少しでも飢える人を減らしていこうというわけだ。

●さつまいもの生産量が増加

 そのようなアクションが全国で同時多発的に起きて「さつまいもブーム」を後押しをしているのではないか。

 それを象徴するのが、20年から始まった「さつまいも博」である。

 これは全国のさつまいも産地や専門店が一堂に会して、さつまいもの魅力を発信するイベントで、3回目の今年は「さいたまスーパーアリーナ」で開かれて大盛況。そのため、さらに規模を拡大した「夏のさつまいも博」が8月17日に新宿で開催されることが決定したという。

 このようなブームが起きれば、農家としてもビジネスチャンスということで以下のように続々と参入していく。特にありがたいのはコメ農家だ。

 『干し芋加工にアツい視線、新潟県内の農家続々参入 甘くて栄養豊富な「昔ながらのおやつ」』(新潟日報 1月23日)

 茨城県が有名な「干し芋」は稲作と作業時期が被らないので、コメ農家にすれば冬場の「副業」としてはもってこいなのだ。

 実際、農林水産省が2023年2月に公表した調査結果によれば、22年のさつまいもの生産量は前年比6%増の71万700トンで、なんと6年ぶりに前年を上回ったという。つまり、近年のブームが、さつまいも生産力アップに結びついているのだ。

 そして、実はこのような流れこそが、「食糧危機に陥ったときに飢える人を少しでも減らす」というミッションを掲げた人々が目指しているところでもある。

●農林水産省のシナリオ

 農林水産省の「食料の安定供給と不測時の食料安全保障について」(PDF)という資料には、深刻な食糧不足に陥ったときに、国民生活安定緊急措置法という法律に基づいて、国民の理解の下に規制を強めていくというシナリオがまとめられている。

 その中には「1人1日当たり供給熱量が2000kcalを下回ると予測される場合を目安」というレベル2の食糧危機に陥ったら、こうすべきという指針がはっきりと記されている。

 「供給熱量確保のため、小麦、大豆等を増産しつつ、地域の農業生産の実態も踏まえ、熱量効率の高いいも類への生産転換を実施」

 食糧危機に陥ったときに慌てて、さつまいもを植え始めるようでは人々は飢えてしまう。理想としては、平時から、農家が干し芋や焼き芋、スイーツなどさまざまな用途で生産量を増やしておいてくれていることであることは言うまでもない。

 つまり、「さつまいもブーム」は生産転換を促すということで「有事の備え」の後押しになっているのだ。

 そこに加えて、このブームが非常にいいのは国民の啓発・啓蒙にもつながっている点だ。戦争や災害で急に食糧危機が訪れて、イモへの生産転換を行うと食べ物がイモだらけになるということだ。そうなると、ぜいたくに慣れきった国民からは大ブーイングが予想される。

 例えば先の資料には、食糧が海外からストップした場合を想定して、「国内生産のみで2135kcalを供給する場合の食事メニュー例」も紹介されている。それによれば、朝食はご飯を茶碗一杯に、焼き芋2本と糠漬け、昼食は焼き芋2本とふかし芋1個と果物、そして夕食は、ご飯茶碗一杯と、粉吹き芋1皿、焼き魚1切とある。

 つまり、冒頭で紹介した鈴木氏の記事タイトル通りの「三食イモ」は大袈裟な話でもなんでもなく、霞ヶ関のエリートたちが大真面目にリスクを想定した結果出てきた“ガチシナリオ”なのだ。

●エリートたちの皮算用

 では、どこでもいつでも格安でおいしい食事を腹一杯食べられることに慣れ切った日本人が、いきなりこんな「粗食」に耐えられるだろうか。「なんでこんなひもじい思いをしなくちゃいけないんだ」と不満が高まって社会は大混乱に陥るだろう。戦時中の闇市のように、ネットやSNSで肉や輸入食品を高額取引する恐れもある。

 それだけではない。貧すれば鈍するではないが、政府と敵対する国家や政治勢力を支持する「非国民」が増えてしまうかもしれない。

 こういう「国家の威信」が揺るがされそうになると、政治家や官僚たちは何を考えるのかというと、イモだらけの食生活になっても、文句を言わないように国民を「教育」しようと考える。さつまいもはオシャレな食べ物であって、主食からオヤツまでなんでもいける万能食くらいに認識を変えてしまえば、来るべき食糧危機にも国民の不満を抑えて乗り切れるはずだ――。

 そういう日本のエリートたちの皮算用が近年の「さつまいもブーム」の背中を押しているような気がしてならないのだ。

 なぜ筆者がそう考えるのかというと、さつまいもは、もともと「国策作物」だったからだ。日本のエリートたちは食糧やエネルギーに困ると、何かとつけてさつまいもを引っ張り出す癖があるのだ。「日本いも類研究会」のWebサイトの説明を引用させていただこう。

 『わが国のサツマイモは長年、農家の自家用の作物としてひっそりと作られてきた。それが1931年(昭和6年)以来の「15年戦争」の中で「重要国策作物」の一つになり、国の音頭で大増産されることになった。ただ用途は食糧としてではなかった。

 当時の合言葉に「ガソリンの1滴は血の1滴」があった。軍国主義時代の日本の悩みは近代戦に不可欠なガソリンの極度の不足だった。そこでサツマイモとジャガイモから燃料用の無水アルコールを作り、ガソリンに混入することになった』

●さつまいもへの依存度

 「そんな大昔のことを引っ張り出すなよ」とあきれる人もいるだろうが、今も農水省がさつまいもで食糧危機を乗り越えようとしていることからも分かるように、考え方としてはこの時代から何も変わっていない。

 今もさつまいもを用いてエネルギー不足を解決しようという組織が、全国に少なからず存在している。

 その代表が、芋焼酎「黒霧島」で知られる霧島酒造だ。

 同社は06年に鹿島建設との共同研究により、焼酎粕や芋くずなどさつまいも由来の副産物からバイオガスを発生させる「焼酎粕リサイクルプラント」を本社工場に建設し、14年からはそのバイオガスを用いた発電事業「さつまいも発電」をスタートしている。今後はさらにそれを拡大して、さつまいもをエネルギーに変換して100%循環させるという壮大な構想を掲げている。

 また、近畿大学生物理工学部教授の鈴木高広氏は、さつまいもを発酵させて、メタンガスを発生させる――。こうした手法を用いた発電方法を研究している。

 『サツマイモを「次世代自然エネルギー」に 燃料代節約に貢献の試算も』(マネーポスト 2022年1月15日)

 食糧とエネルギーのない日本の「危機」をさつまいもでなんとか乗り切ろう、という日本人の発想は、太平洋戦争のときから1ミリも変わっていないのだ。

 歴史は繰り返す。あの戦争もやる前から惨敗が分かっていたのに、国民の熱狂に流されて突っ込んでいったように、この国の政治ではもはや「食糧危機」は避けられない。そのとき、われわれができることは、飢えで亡くなる人を少しでも減らすということしかない。さつまいもはその救世主になるかもしれないのだ。

 これから食糧ビジネスに参入したいという企業はぜひ、さつまいもに注目していただきたい。

(ITmedia ビジネスオンライン2023/3/22記事:窪田順生氏執筆)

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