ほしいもを日本発☆世界のスローフードに!幸田商店 鬼澤宏幸さんインタビュー(後編) ■Sweetpotato Interview vol.9

株式会社 幸田商店(KOUTA SHOUTEN & CO.LTD)http://corp.k-sho.co.jp

ほしいも屋 幸田商店 | 干し芋の名産地、茨城県 ひたちなか市 から直送専門店 (koutashop.com)

株式会社 幸田商店 代表取締役社長 鬼澤宏幸さま

ひたちなか市が日本一の干し芋産地に

一つは昭和30年代に導入された「玉豊」種の出現です。元々は澱粉用に作られたものですが、たまたま干し芋に加工したところ非常に相性が良かった。それに加え、この品種とひたちなか市を中心とするこの地域の黒土との相性が抜群に良かった事です。

「玉豊」種は粘質系の芋であり偶然干し芋向きであったと言えます。また、収量が良かった事、加工がしやすかった事、干し芋にした時に独特の干し芋の味がでたのです。干し芋を生産する上で、冬場の乾いた寒く安定した気候が必要です。ひたちなか・東海地区は冬場に海からの北東の乾いた寒風が吹き干し芋を生産する上で大変理想的な環境が存在しました。 「玉豊」という品種とひたちなか市を中心とする土壌と気候のミックスがこの地域に日本でもここにしかない気候環境を作り上げ、全国の90%を産するほしいもの生産地帯になってきたのです。

それに加え、さつまいも・干し芋に情熱を傾けた人がいました。 1908年に煎餅屋をしていた湯浅 藤七が初めて那珂湊で干し芋を製造します。まだ、個人ベースでの商売でしたがその直後馬渡村の大和田 熊太郎が規模を大きくして干し芋の生産を行って来ました。そして、さつまいもでは那珂市からさつまいもの神様と言われた白土 松吉が出てさつまいもの生産性を大きく改善して行きます。

地元でもあまり知られておりませんが、そうした先人達のエネルギーによって今のほしいも地場産業があるという事を忘れてはいけないのだと思います。この度令和元年にほしいも神社(写真⑤)を地域の干し芋に関わる人たちと建立しました。ここに干し芋産業に貢献した5人を神様として祭る事にしたのです。

(写真⑤ ほしいも学校の活動から生まれた令和発の「ほしいも神社」)

「ほしいも学校」の設立経緯

きっかけは2006年頃ひたちなか商工会議所の小泉力男さんとの出会いから始まります。

何かのセミナーを企画されていた時に小泉さんに声を掛けられ、干し芋で商品開発をしましょうと言われたと記憶します。自分達の発想だけでは乏しいので、誰か優秀な方にアドバイスを得ようと、当時 木内酒造の木内さんからお知り合いだった佐藤 卓さんをご紹介頂き、最初に佐藤さんの銀座の事務所を訪問したのが2007年の冬でした。

木内さんと小泉さんと私の3人で事務所を訪問し、2時間程度話をしましたが、話している中で佐藤さんが「ほしいも学校」というコンセプトを出されました。それが「ほしいも学校」の始まりです。その時、佐藤さんにほしいもの事について様々な質問を受けたのですが、答えられない自分に情けない思いを感じました。自分たちははたして足元をしっかり勉強し、認識しているのかを思い知らされた瞬間です。

何と言いましても、日本代表するクリエーターですからだめもとでしたが、逆に干し芋が元々好きで是非一緒にやりたいとおっしゃって頂きました。次から次へと投げかけられる質問。干し芋は、なぜこの色をしているのか? 干し芋は、なぜこのしわがあるのか? 干し芋は、なぜ歯にくっつくのか? 大変素朴な質問だったのですが、ほしいものプロを自認するわたくしどもはほとんど答えられませんでした。この時自分達は商品開発をという事で小手先な考えで行っており、よりほしいもの本質について考えた事が無かったと思い知らされました。そして、この時佐藤さんが既に準備をされていたどうかは分かりませんが、話している中でほしいも学校、というコンセプトを私どもに投げかけてくれました。 正直に申し上げますと、おもしろいけどそんな事ができるかなと言う思いと、地域資源が求めている商品開発とはおよそかけ離れているなというのが当初の感想です。佐藤さんがこれ程までにほしいもに興味を持った理由というのは、その後のシンポジウム等で明らかにされていきました。

『…干し芋はどうみてもダサイ、不細工、不均一、およそ現在社会が求めているスピーディー、かっこいいとは全く逆の位置にある、でもたいへんおいしい、そしていとおしい、そこにひとつの未来をみてしまった…』というのが佐藤さんのそもそもの入口だそうです。

ほしいも学校のコンセプトはこのようになります。

(写真⑥ ほしいも学校コンセプト、本と一緒になったギフト)

干し芋をもう一度あらゆる角度から見つめなおしてみよう。歴史であったり、商品そのものであったり、そしてそれをひとつの本にまとめてみよう。 そして一緒にほしいも学校という商品も作り、本とセットで販売してみようという事です。そこでこの活動を行うために、有限事業責任組合ほしいも学校を2009年5月に立ち上げました。

そして、これを実現するために有限事業組合ほしいも学校を創設し活動を開始したのです。
2年間をかけてプロジェクトメンバーで様々な干し芋に関する専門家のところに話を聞きに行き、本を完成させるまでのプロセスはわくわくするほどおもしろいものでした。干し芋の歴史の資料を集めるために、ほしいも学校の歴史のパートを書かれた先崎さんと干し芋発祥の地である御前崎に行き、大澤権右衛門や栗林庄藏が祭られている神社にも行きました。先崎さんは元JAの専務理事をされていて干し芋は勿論、地域の歴史に深い造詣をもっており、今回のプロジェクトに参加して頂きました。

その時、御前崎の皆さんはさつまいもや干し芋に貢献した人々をこのように大事に祭り上げていることには驚きました。また、過去の資料が非常に良く保存されていました。この時、自分たちは日本一の産地と言われるまでになっているのに歴史の事や干し芋について非常に疎かにしてきたなという思いを強く持ちました。歴史や干し芋の事を改めてもう一度徹底的に調べ上げ、後世に本として残して行く事の大切さをその時認識しました。先崎さんはその時に調べた様々な資料を東海村の図書館に寄贈されています。

県の農業センターの今泉さんを訪問した際は、茨城の土壌図という地図を初めて示され
なぜ干し芋がひたちなか市を中心とする大産地になったかという問いに答えを見る事が出来ました。実は、その後今泉さんは茨城農業大学校に異動になり、依頼されて大学で講演をする中で大学校の学生がその後何人も弊社に入り農業やほしいも加工で大いに活躍してくれています。これもほしいも学校が作ってくれた縁でした。

ほしいも学校の本と商品をセットで一緒に売るというまさに前例がない商品を世に送り出し、青山ブックセンターで最初のお披露目会を行ったのを昨日のように記憶しています。
小泉さんの持っている人のネットワークが何をするにしても有効に働き本を作る工程においても本当に役立ったのを覚えています。

ほしいも学校の活動はグットデザイン賞、県知事賞、イメージアップ賞とたくさんの賞を
もたらしました。極めつけはひたちなか商工会議所のきらり輝き観光振興大賞です。
その後、ほしいも学校は社団法人に発展し、ほしいも祭りやほしいも世界大会を開催する事が出来ました。第一回世界大会は実行委員長を務めさせて頂きましたが、ほしいもが全国に広がり世界に広がっているという実感をした大会になりました。

北は北海道から南は鹿児島の生産者が集まり各地の事情をプレゼンし、情報を共有出来た意義深い大会だったと思います。そして、6年前の大会からほしいもを生産しようとして市場に参入した個人生産者や企業が本当に多かった事は目を見張るものがあります。ひたちなか市の生産者にとっても競争相手になるわけですが、ほしいも市場が過去6年の中で成長し、裾野が広がっていく事に貢献出来る事が、ほしいもの聖地として発信し続けるひたちなか市の役割だと思っています。

また、中国の弊社合弁企業の社長も来日し、勉強した日本語でプレゼンしてもらったのは彼女の一生の思い出でしょう。昨年、アジア最大規模のほしいも工場を山東省に作りました。彼女もまたほしいもに魅せられた一人です。今後、アジアを中心にほしいもが広がっていく事を確信しています。第2回の世界ほしいも大会がいよいよ2023年3月にひたちなか市阿字ヶ浦で開催されます。

ファッションクルーズで毎年開催されている品評会についても元々は市役所の市庁舎の中で細々と行っていたのですが、ファッションクルーズで開催してはと提案したのも私たちでした。最初に開催した時は前日にNHKの全国版の取材が入ったため3000人以上が来ることになり、周りのお店から苦情が出た程でした。今やひとつの名物として生産者の意欲を引き出し、消費者とのコミュニケーションという意味において大きな存在になって来ています。ほしいも学校の出会いがなければこのような事は起こりませんでした。

「ほしいもの未来」について

幸田商店に入社してから28年余りが経過し、最初の危機感からずっと干し芋を広めようと一生懸命やって来ました。中国に進出した時は産地を破壊するのかと批判されましたし、ほしいも学校も最初はそんかものはくだらないと受け入れられませんでした。しかし、継続して一貫してきたものは干し芋に対する愛着であったように思います。

振り返ってみてずいぶん干し芋が様々な売場で販売されるようになって来ました。「若い女性に健康なスナック」として広げたいと思った夢が少しは実現出来て来ているのかと思います。

ここ数年空前のさつまいもブーム、焼き芋、干し芋ブームが起こっています。理由はなぜかと言われてもいくつかの複合的要因があり「これだ」とは言えません。

ひとつには「べにはるか」「シルクスイート」といったスイーツ的品種の開発があった事、健康志向の高まり様々な要因が上げられます。そしてまた、全国で干し芋生産が始まっています。「べにはるか」の生育が土地を選ばず、それとともに機械乾燥という技術が普及してどこでも誰でも生産出来るようになったおかげで、天日干しといった気候の利点の必要性がなくなって来ました。

かつて全国で干し芋が生産されていた時代に戻るかのようです。品種のイノベーションや生産のイノベーションによってまた新たな発展を遂げようとしています。中国山東省と茨城県ひたちなか市を中心に工場を展開する当社として、これから日本を代表するスローフードとして世界中に広がって行く事を実現させたいと思っています。それは2021年5月に亡くなったこの「ほしいも学校」プロジェクトの同志でもある小泉力男さんの遺言でもあるからです。

【おいーも学長 編集後記】

ほしいもをみんなで盛り上げて日本発世界のスローフードに!鬼澤さんのほしいもにかける熱い情熱と実業家としての卓越した手腕を感じるインタビューとなりました。
「…先人達のエネルギーによって今のほしいも地場産業があるという事を忘れてはいけないのだと思います。」の言葉に、地域の過去と未来への深い洞察を感じました。
日本中にはそれぞれの地域に素晴らしい人と歴史の蓄積があることも学ばせていただきました。

2023年3月「第2回世界ほしいも大会」には、世界中からほしいもの聖地、茨城県ひたちなか市に大集合ですね。お忙しい中でのインタビューへのご協力、誠にありがとうございました。

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